追善茶会

2012.06.22

6月2日 指物師 井川信斎氏の三回忌 追善茶会が練馬 廣徳寺に於いて行われた。

 96歳のご長寿でお亡くなりになられた井川さんは人間国宝の方が「あなたには負ける」と言わしめるほどの腕前を持った方だった。
 「俺は職人だから そんなものいらないんだよ」とおっしゃっていたお姿を 今も思い出されます。 
 

 井川さんの造る 箱や棚は どれも素晴らしく、桐箱の蓋は スーッと身に吸い込まれていくし、桑 黒柿 など堅木で作った 水指棚は本当に素敵で 透かしや デザイン など全てご自分で考えられ、茶室の中の空気を引き締め 凛とした 存在感で お客様を魅了する。
 茶席で棚を拝見した方々は 流儀、男女を問わず 皆 井川さんの作品を絶賛されます。

 井川さんの御宅へ仕事で伺うと本当に いろいろな事を勉強させていただきました。 木のことや作り方はもちろん、指物師のことや、茶杓のこと、お茶や道具のこと・・・
 なかでも 道具屋さんの昔の お話は大変 勉強になりましたし、とても貴重なお話を聞かせていただきました。
 また 戦時中お世話になっていた三井さんの道具をリヤカーに乗せて疎開させたお話も とても印象に残っています。

 本当にさまざまな貴重なお話の数々は今の私の財産になっています。

 井川さんは お茶やお茶会が本当にお好きだったと思います。ご高齢になられてからも、お茶会には東京はもちろん京都までお一人でお出かけになられていました。
 そしてどのお茶会でも決して裏口入学はされず、いつもちゃんと並ばれて席入りされていました。
 
 
 さて 新緑の廣徳寺は雨の心配もなく、四席の釜が掛かりました。
 私は 御子息様の 二代目 信斎さんのお席をお手伝いさせていただきました。二代目 信斎さんも私がこの世界に入ってからずっとお世話になりっぱなしの方です。お茶も同門で稽古後の食事(お酒)は もう20年以上も続いている大先輩です。
 茶席では、お客様はそれぞれ 井川さんの思い出を語っていただいて、とても 賑やかに笑い声の耐えない席となりました。

 床には 楽 の一字で 小書きで和歌が書かれています。

 極楽を いずくの程と思いしに ただ現在の楽ぞ極楽

 *極楽とは何処にあってどれくらいの距離にあるのか。そんなことを思い巡らせてみても、わかるはずもない。 ただ現在の楽しみこそが極楽なのである。

 そして お花 がまた良かったのです。古銅の鶴首には 枯れ蓮 と蓮の華が入り この枯れ蓮は 井川さんが亡くなられた時に 御家元より頂いた蓮の華を御子息さんが枯らしてドライフラワーにしたものでした。

 掛物と花の良い取合せで ゆったりとした時が流れて、お茶会も無事に終えることができ井川さんも きっと喜ばれているに違いないと思いました。
 私はこの日、 井川さんから頂戴した着物と帯を締めてお手伝いをさせていただきました。

 13歳で富山から東京に修行に来られ ずっと仕事一筋だった井川さん。本当に多くのことを学ばせていただきましたこと、感謝申し上げます。

 私がまだ若かった頃から 御宅へお邪魔すると、いつもいつも笑顔で迎えていただき、お抹茶をご馳走になり、奥様や御子息様を交えての楽しい時間は、私にとって忘れ得ぬ時間でした。
 
 井川さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

            合掌